出てきてよかったです。今のところ。
昔から東京に憧れを抱いていました。賃金の高さや行政サービスの充実さも大切でしたが、その点では育った地元も困ることはありません。東京よりも高い賃金を貰って働ける仕事もあったでしょう。結局は「東京で暮らしている」という事実が欲しかった訳です。プライドの塊です。
東京に来てよかったことで最近思うのは、「多様な価値観」に出会えたことです。別に意識の高い話ではありません。「こんなにも考えの合わない人がいるのか」とびっくりした、という話です。性格のタイプというか分類というか、これまで10種類しかないと思っていたものが、実は1000種類あった感じです。
東京の人は冷たいと言いますが、自分の知っている価値感に収まらない人がたくさんいるということが、一つの要因でしょう。田舎だって冷たい人はいます。それでも「あの人は冷たい」で終わった話です。
都会は単純に人が多いから「あの街は冷たい」となるわけです。実際、東京に住んでいるだけで筆者のように地方出身の人は山程います。
人と関わる機会が増えると自分を見失う人もいるようです。私の場合は、どんどん自分の価値観や考えが固まっていきました。生活していると突きつけられる「一問一答」や「YES or NO」が他の街よりも多いからです。
ジュース一つ買うにしても、生まれ育った地元では、近所のスーパーかセブンイレブンの二択でした。
今住んでいる街では、コンビニだけでもファミマ・ローソン・セブン・ミニストップが駅前にあります。駅ナカ・駅ビル・駅前にスーパーが山ほどあります。そもそも自動販売機が道沿いにこれでもかとあります。
選択肢があることを恵まれていると思うかもしれません。しかしそこには、価格の差をはじめ、貯めるポイントや支払い方法、接客や商品品質などあらゆる「設問」が伴ってきます。
選択肢があることで「向こうのほうが安くて損した」「PayPayが使えなくて不便だ」といった価値観が生まれてしまう訳です。どちらかというと、マイナスの価値観の方が増える気がします。
少し考えてみただけでも、価値観や行動に差を生む機会が異なります。仕事のやり方や趣味の趣向となれば、その数や幅は膨大になるでしょう。都会の方が進んでいる、とかではなく、単純に自分で判断し意思決定する機会が多いのです。悩める人、ぶつかる人が多いのは当然です。
地元には何もないと思っていました。今見れば、畑や水田、雑木林ですら愛おしく感じます。
空はとにかく広い。東京は狭いどころか、昨日の空が何色だったのかも、よく覚えていません。物理的に高い建築が多いことはもちろん、のんびり上を眺めながら歩いていては、人や物にぶつかってしまいます。そのことが、より東京の空を狭くします。
誰もいない田舎道で歌を歌いながら自転車を漕いだこと、街灯はなくとも月明かりに照らされた夜道は安心して歩けたこと、外を見なくとも虫や鳥の鳴き声で時間が分かったこと。美しい景色や思い出は、既に自分の中にありました。地元を卑下していたわけではなく、単純に判断する材料がなかったから、その良さを知る由もありませんでした。これは街や風景だけではなく、人間関係の面でも同じです。
それでも、東京に出てきてよかったと思います。
自分の中の価値観が細分化された分、同じ価値観を持った人に出会うことができれば、その関係は一層深くなります。東京はその可能性が圧倒的に高い街です。10問中３問答えが同じになれば「性格が合っている」と思っていたのに、10問中８問答えが同じになる人が何人もいる感じです。
性格が似ていることが良好な人間関係に繋がるかは別の問題ですが、選択肢が多いということは人生の幅を広げることに繋がります。選んだコマンドで、エンディングが枝分かれしていくRPGと一緒です。
一極集中で人間らしく暮らせない疲れる街、みたいに毎日言われています。確かに都会の嫌な面もありますが、大体は思ってた通りです。こんなはずじゃなかった、みたいな経験は、私にはありません。人が多ければ道や電車が混むのは当たり前だし、物や家賃は高くもなります。
人とモノが多様な分、自分の好みや価値観にどハマりする出会いがあります。
それが「東京に染まる」ということです。
自分がやっと見つけた「何か」に夢中になることは、何も悪いことではありません（法の範囲内で）。故郷を忘れたり退屈に感じることを、不安に思うかもしれません。しかし、生まれ育った場所というのは、良くも悪くも簡単に忘れられるものではないようなので、大丈夫です。
永住するか、時が来たら場所を移すかは、まだ分かりません。
東京に出てきてよかったな、と思っているうちは、しばらくは留まるつもりです。
色んなことがあるけれど、楽しく美しい街です。
