【エッセイ67】春の便りはどこから届く




筆者が最も時の流れを感じるのは、桜が咲くこの時期です。子供の頃は、花火やサンタクロースを見て「ああ、やっとこの季節がきた」と感じたものでした。今となっては、電車の窓からチラッと見える光や、商店街の飾り付けを見て「ああ、もうこんな時期か」と思うことばかりです。いつも誰かに教えてもらっています。それでも、この時期だけは「おやっ」と体が反応します。その辺りはまだ生き物らしい感性が残っているのでしょうか。

去年までとは違う桜を見ている人もいるでしょう。
新たなコミュニティや仕事を前に、大きな不安を抱えている人も多いはずです。もしかしたら、心躍るような希望も少し入り混じっているかもしれません。

春から東京暮らし、という声を耳にします。筆者は上京してから10年以上が経ちました。遊びに出かけたり、飲みに行ったりするような人も出来ましたが、ほとんどは上京後に出会った人です。思うように事が運ばないこと、仕事に行きたくないと思ったことも数え切れないほどあります。幸いなことに悩みや愚痴を聞いてくれる人がいて、根本的な解決や打開にはならなくても、少し道が開けたような気分にさせてくれました。東京に来なければ、絶対に出会うことはなかったでしょう。

だから、今は不安でも大丈夫、と言う気はありません。
それは筆者がたまたま恵まれていたからであって、残念ながら状況が改善することなく、追い込まれてしまう方が必ずいます。筆者が笑って酒を飲んでいられるのは、誰かが泣いているからなのかもしれません。明日から涙する毎日になる可能性だって、十分にあり得ます。どれだけ本人が素晴らしい人柄であっても、それを塗り替えてしまうほどの力が、社会には、東京にはあります。

その分、同じような悩みや辛さを抱えて生きている人が、東京にはたくさんいます。

上野や新橋で飲んでいると、あちらこちらから聞こえてくる仕事の愚痴。人の名前や用語は分からなくとも、皆同じようなことを不満に思っているのだな、と思わず頷いてしまいます。
地元では誰にも共感してもらえない、あるいは話せないマニアックな趣味(合法的な範囲)を持っていたとします。大抵は専門に扱うお店が東京にはあります。恐る恐るその店に行ってみると、今までの悩みが嘘のように、たくさんの人が品定めをしていたりします。むしろ、自分が霞んでしまうほど、マニアックを極めた人がいるはずです。秋葉原、御茶ノ水、下北沢、原宿などなど。個性が集結した街がそこかしこに溢れています。

職場や学校では、自分だけが孤独だと思うこともあるかもしれません。
しかし、そんなことはない、と東京は教えてくれるように思います。

もちろん、東京以外にも素晴らしい街はたくさんあります。東京が一流、東京が正義、ということではありません。嫌な面もたくさんあるけれど、そんなに悪いところでもないよ、という話です。

何事もなければ、筆者は来年の桜もまた東京で見ることでしょう。

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東京で暮らす会社員です。
都市や交通について気ままに発信しています。
それなりにリアルかと思います。

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