【エッセイ62】買っても買っても満たされぬ




値段を見ずに買うほどの余裕はありませんが、欲しいと思ったものは大体買えるようになりました。本や家電、模型やおもちゃと言った程度の話です。

幼い頃は、誕生日やクリスマスが近づくと「何を買ってもらおうか」と四六時中考えたものです。イベントにつきプレゼントは一つでしたが、その喜びは格別でした。 

ゲーム機やゲームソフトといった類で収まればよかったのですが、鉄道や飛行機の模型といった、形あるものにも興味がありました。そのあたりの良くないところは「揃えたくなってしまう」ことなかです。パトカーの横には救急車を並べたい、トーマスの横にはゴードンを並べたいと言った感じです。欲が増してくると、段々とその思いは募っていきました。「大人になったら好きなものを好きなように揃えるんだ」と。

大人になった今、買ったものの分だけ充実しているかと言われれば、そうでもありません。

欲しいものを見つけ、手に入れたときの一定の満足はあります。でも、多くの場合はそれだけです。「手に入れた途端に満足してしまう」状態です。ひどいときには、「満足するために何か買おう」と、順番が逆転するときもあります。

買い物でストレスを発散する、という言葉もあるくらいですから、決して間違いではないのかもしれません。しかし、その場合の多くは「お金を使う行為」に快感があり、買った物自体にストレスを発散する効果があるわけではありません。

欲しいものを手に入れたときの喜びは、自分にとってそのものを手に入れる難しさに比例する気がします。簡単なほど少なく、難しいほど大きいのです。理想に近づけるために、環境や財力を整えたのに、その結果満足度が下がったわけですから、皮肉なものです。

かと言って、そのことを子どもに伝えるのは至難の業です。どんなに正論でも、経験したことのないことを受け入れるのは、大人でも難しいことです。もしも出来るなら、欲しいものを一度に全部買ってあげると、伝わるものが少しはあるかもしれません。

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東京で暮らす会社員です。
都市や交通について気ままに発信しています。
それなりにリアルかと思います。

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