【エッセイ63】買っても買っても満たされぬ2




入手する難易度と入手したときの満足度は比例するのかもしれない、と先日書きました。他に満足するための要素として、「手に入れた後の姿を想像しているか」という点も大きく関わってくると思います。この点に関しては、大人よりも子どもの方が勝っている気がします。


平均的(と思われる)な家庭の場合、子どもから親に対して「あれが欲しい」とアプローチをかけます。まず、自分の判断で環境的にも財力的にも、子どもはその物を手に入れることはできません。ジュースやお菓子といった類ならまだしも、ゲームやおもちゃといった類となれば「誕生日になったらね」とか「この間買ったばかりでしょ」といった、遠回しの「NO」のクッションを挟みます。

そこからは子どもの交渉力次第となりますが、要は欲しいと思った瞬間から手に入れるまで、強制的に「考える時間」が与えられるわけです。

交渉の結果、決裂もしくは条件付き妥結(誕生日プレゼントなど)となった場合、しばらくの間はその物のことで頭が一杯になります。このとき、いつまでも「買ってもらった瞬間」を想像しているわけではないでしょう。ゲームの内容や、おもちゃで遊んでいる姿など、様々な妄想で満たされるはずです。自然と、買ってもらったものが自分をどう満たしてくれるのか、想像できているのだと思います。


この点、大人はどうでしょうか。まず、ある程度お財布の自由が効く人であれば、その場で買えてしまいます。自分が使っている姿を想像する前に、手に入れることができます。多少考えることもあるでしょうが、買ってもらえるその日を信じて、じっと待ち続ける子どもの切実な想像と比べると、考えていないに等しいでしょう。「とりあえず買っておけば」というのは、そういうことです。

その場で買わないとして、次に来るのは「いかに安く・綺麗な状態で手に入れるか」ということです。この辺りで、「物を手に入れた後の姿」は影に隠れてきます。どちらかというと「損な買い物をしたくない」という方が強くなっているでしょう。


見た目や性能を目の当たりにして、「かっこいい」「かわいい」と思うのはとても良いことです。現代では、レビューや口コミといった「物差し」が溢れています。周りが「ダメな物だ」と言っているものは、そう感じてしまうものです。それでも、自分は「良い物だと思う」という感覚はすごく大切で、尊いものです。そう思ってくれる人がいるだけで(買ってくれればなおさら)、救われる開発者はたくさんいることでしょう。

買いたいものを買うこと自体は、悪いことではありません。買う前に、買った後の姿を徹底的に「妄想」してみると、より満足度が向上したり、ミスマッチを防ぐことができるかもしれませんね(筆者への戒めです)。

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東京で暮らす会社員です。
都市や交通について気ままに発信しています。
それなりにリアルかと思います。

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